たぶん、私の母は、いわゆる『毒親』です。
アラサー、というかオーバー30になった今でも、母親のことを考えると胸がキュっと縮みます。
まだ気持ちが母親の支配下にあるんだろうな、と思います。
一種のマインドコントロールですよね‥。
でも、そこから抜け出すのは容易ではないし、一生、抜け出せないかもしれないと落ち込むこともあります。
なぜ、こんなネガ記事を書いているかというと、ヤフトピで見つけたこんな記事がきっかけで、子育てについて考えてみているからなのです。
この記事の目次
自分の母親が毒親だと知ったきっかけ

誰だって毒リンゴは食べたくないから、顔色を伺っちゃうのかな?
自分の母親が毒親かもしれないと最初に気づいたのは、私が20歳の時。
家族旅行中のことでした。
家族旅行中に、仕事の連絡が入り、テンパった母親。
それに寄り添おうとした私でしたが、私の言葉なんて聞いていません。
テンパった母親は、ずっと
「どうしよう、どうしよう?」
とばかり言っていたので、私なりに心配して意見を言ったりしていたのですが、そんな私に逆ギレしてきました。
結局は母親は、騒ぐだけ騒いで自分でどうにか着地点を見つけていました。
今でも、あの時、テンパった母親を無視しとけばよかったなーと思います。
だって、自分が傷ついただけだったので。
旅行中のエピソードはまだまだあります。
海老サラダ事件。
エスニックレストランで、家族で食事をしようと、注文を相談していました。
私は、「海老サラダなんてどう?」と提案したのですが、母は賛成しませんでしたので、海老サラダは注文しませんでした。
が、料理がテーブルにき始めてから、急に母が、「海老サラダ」が食べたかったと言うのです。
思わず私は、
「お母さんが要らないって言ったから、頼まなかったんだよ」
と言ってしまいました。
その瞬間から数日、母は私のことを無視し続けました。
私の妹を連れて、スパに行っても、私のことは誘わず。
というか、スパに行ったことすら知りませんでした。
すごい母親だな、と思いました。
妹のことは、とても心配で、可愛がっています。
昔から私のことは、しっかり者だから大丈夫、と言ってきます。
それが、こんな違いを生んでいるのだろうか。
あとは、最近の話。
私は不妊治療でも、高度不妊治療(体外受精・顕微授精)経験者なのですが、不妊治療の話をした時の話です。
もう息子は生まれていたのですが‥。
「不妊治療は辛かったなぁ。自己注射もしなければならなかったしね」
と私が言うと、母から言われたのは衝撃的な一言でした。
「でも、好きで治療したんでしょ」
こんなこと、言う親がいるんだ!!
子どもの気持ちなんて、分かろうともしていない!!
結局、人の心が分からない毒親だ!!と心のなかで毒づきました。
不妊治療、もちろん、好きでやりました。
夫も私も、早く子どもに会いたかったからです。
そんな気持ちも踏みにじられたように思いました。
毒親への思い
本来なら、旅行に連れて行ってもらっている、大学にも行かせてもらっている、など感謝しなくてはならない面で、感謝しきれなくなります。
どうしても、親のことを思い浮かべると嫌なことから浮かんできて、感謝の気持ちが追いやられてしまいます。
こんな気持ちも、自分がワガママで、親不孝だから、とネガティブになったりします。
私が長女だから目の敵にするの?
確かに、長女なので、新しいものを与えて貰う機会は多かったです。
「あなたはいつも新しいものを使うんだから」
とよく言われたのを覚えています。
その後の言葉に何が続くかというと、
「だから、我慢しなさい」
妹のために、我慢しなさい、聞き分けなさい、良い子にしなさい
という意味でした。
姉妹でケンカをしても、無条件で上が我慢をしなければならなかったです。
でも上の子が新しいものをたくさん使う、というのは、ある意味しょうがないことだと思うんです。
だって、買わなければないのだから。
下の子のときは、買わなくてもあるのだから。
今、第二子を妊娠中ですが、下の子にお下がりの服を着せたり、お下がりのおもちゃを使わせるのは仕方がないな、と思っています。
わざわざ、新しいものを用意するなんて勿体ないし。
そんな仕方のないことを理由に、私は上の子を叱るのかな?と自問してみると、やっぱり変だな、そんなことしないな、と思います。
下の子でも、下の子なりに辛いことはあるんだよ、と夫は言います。
でも、上の子も、上の子なりに辛いことがあるんだよ、と思います。
母親にとって、長女である私は、
こんな感じなのかな?と思います。
母の抑圧系子育て例(私の経験したこと)
抑圧系子育て:オシャレするのもNGだった
抑圧系の育てられ方だったと思います。
特に、冬の服装は、子供っぽくなかった(苦笑)
冬は、肌を出さず、暖かく見える格好をさせられました。
タートルネック、ズボンの下にレギンスは当たり前。
冬は、首を見せるのも、スカートをはくのもなかったです。
体が冷えるから、と言われていましたが、そういうお婆さんのような服装をするから余計に代謝も落ちて、自分から冷え性になっていった気がします。
あとは、ハイヒールもダメ。
ミニスカートもダメ。
深いVネックもダメ。
明るい色の服もダメ。(言われたことはないですが、母チョイスの服は全て地味色です。)
大学生になるまでは、メイクもダメ。
ほんと、ダメ、ダメ尽くしの抑圧系母親でした。
抑圧系子育て:食べ物も制限あり!
マクドナルドのフライドポテトを、1つ丸ごと食べられたのは高校生になってからでした。
それまでは、絶対、家族とシェア。
カップラーメンもダメ。
ポテトチップスもダメ。
フライドチキンは少しならOK。(もっと食べたいと言っても、ダメでした。)
おかげで、今は、ジャンクフード大好きっ子です。
小さい頃に、我慢しなきゃダメだったからだと思います。
家を出て一人暮らしを始めて、好きにジャンクフードを食べられるようになってから激太りしました(^_^;)
でも子育てに自信があった母:子育ては自己実現だった?
私はこんな感じで、自分の母親を毒親と書いているのですが、、(^_^;)
母親は子育てに成功した、と思っています。
というか、実際に言っていました。
教育ママでもあって、自分からは絶対、子どもを自慢するようなことは言いませんが、誰かに褒められるとすっごい謙遜していました。
内心、メッチャ喜んでいたんだろうな、と思います。
誰かに子どもを褒められるのが、自分を褒められているように思っていたんだろうと思います。
だから、自分では気づかない内に、母親は自分のために子育てをしていた=自己実現のために子育てをしていた、のかな?と思います。
子どもを親のコピーにしたり、親の自己実現のために利用したりしてはいけないのです。
引用:東洋経済オンライン 多くの親に潜む「毒親」の兆候
東洋経済オンラインの記事を読んでみましたが、うんうんと納得する内容でした。
私もそうだったと思いました。
なんか、知らない人に共感してもらった感じです。
私にも、親の顔色を伺って、自分の言動を決めていた所があります。
その日の服のコーディネートも、食べ物も、することも、、、全部、母の意向が反映されていました。
今でも、こうしたら?と、干渉されることがあります。
でも、私ももうアラサーで、しかも母親です。
言うことを聞く筋合いはないはず。
なのですが、干渉されると、言う事聞いたほうが良いのだろうか?とほんの少し思ってしまいます。
まだ、マインドコントロール下に置かれています。
もう結婚しているので、おかしいのですが、駆け落ちしたいと思うこともあります。
母親との関係を絶ちたい、と思っても、なかなか出来ることではないですね。
毒親に育てられた自分‥子育てに自信がない
私は毒親と化さずに子育てができるのだろうか?
とても心配になります。
実際、毒親っぽい発言してしまっています。
息子はまだ1歳半にもなっていないのに。
例えば、「◯◯くん、食べてくれないならママご飯作らないよ!」とかでしょうか。
良い例が思い出せないですが、否定的な物言いをしてしまうんです。
でもそこは、夫に頼ろうと思っています。
もちろん、自分の考えを夫に伝えて、夫の考えも伝えてもらって、話し合いで子育てをしていくんだろうと思います。
そうすると、自分がおかしいところ、変なところは指摘してもらえるんです。
そういう言い方はダメ
と言ってもらうだけでも少し安心します。
毒親にはなりたくないです。
毒親にならないために参考にしたいサイト
参考になりそうな記事がありましたので、紹介します。
抜粋して、呪いの言葉ありがち7パターンを載せておきます。
呪いの言葉ありがち7パターン |
1.比較する |
2.きょうだい・性別などの枠にはめる |
3.押しつけ・決めつけ |
4.勉強について |
5.期待・プレッシャー |
6.はなから否定する・褒めない |
7.世間体を気にする |
因みに、私は、全部経験済みです‥苦笑
ただ、『6.はなから否定する・褒めない』というのは、うちの母の場合は少なく、『6.はなから褒める』というパターンが多かったです。
言い換えると、『6.はなから褒める=5.期待・プレッシャー』パターンですね。
これから毒親にならないために、とにかく、特に私が気をつけるのは、下の2点かなと思っています。
きょうだい(上、下)を理由にしないこと
否定的な言葉を使わないこと
管理人は、でも、だって、が口癖なのですが、封印しようと思います!!